統合失調症と「親友」――統合失調症の対人関係論的治療について

以前に、8歳前後「遊び」を思い出すことがが大人のうつ病の治療に生かせることについてお話ししました(「うつ病治療のヒントとしての『心のふるさと』」)。

今回は、統合失調症の治療にとって重要な、9~12歳頃の親友関係についてお話したいと思います。

10歳前後の頃、子どもたちは「社会」を経験し始めます。それはまだ、小学校という小さな枠内だけでの社会ですが、それでも大人社会と同じような人間関係があります。それまでは同級生が単に「ともだち」だと思っていたけれど、その中に関係の濃淡・違いが出てきます。同級生の中に小グループができ、小グループの中でも上下関係ができたりします。グループの中でも、嘘や意地悪、イジメも出てきます。

この時期に、同性の間で「親友」ができます。親友には、集団・グループの中や普通の友達関係では話せないことでも話せます。親友と一緒に同じ物を見て同じ遊びをして楽しみ、笑い、話します。たとえ仲間関係で傷つくことがあっても、親友が慰めてくれます。この頃に本当によくできた親友関係では、中学生以降の親友関係とは違って「お前、俺」という自意識が少ないので、二人の心が溶け合って一緒になっている感じです。相手の喜びや悲しみはそのまま自分の体感として伝わってくる、いや、伝わると言うより二人の心は一つになっているような感じです。そのような親友ができることにより、子どもは家庭以外で初めて親密な人間関係を作ることができたのです。

小学1年生がストレスを受けたときに戻る場所が家庭であるように、10歳頃の子どもが子ども社会でストレスを受けたときに戻る場所が親友関係なのです。また、親友関係の延長で仲間の輪が広がることもあります。そのように、この頃の子どもは、親友関係を核として子ども社会をうまく乗り切っていけるようになるのです。

この親友関係は、英語では「チャムシップ(chumship)」と呼ばれます。英語の一般用法でのチャムchum、チャムシップは、親密な交友関係一般を指します。そのチャムシップの中でも、9~12歳頃の「前思春期」の同性間の親友関係に注目して、それを人生で一番大事なチャムシップとして強調したのがアメリカの精神科医、ハリー・S・サリヴァンでした。

サリヴァンは、まだ抗精神病薬が無かった時代の精神科医です。統合失調症をカウンセリングと環境調整だけで何とか治療しようとした人です。(その治療論の詳細は『精神医学は対人関係論である』(H・S・サリヴァン著、中井久夫訳、みすず書房)に詳しいのですが、これは一般の人が読むにはかなり骨が折れる本です。)

サリヴァンは、統合失調症の急性期、「緊張病」という状態(幻覚や妄想などの極限の状態にあり言葉を発することもできず文字通り身動きがとれず、精神の崩壊の危機にある状態)に接する時、意識的に「(話しかけても返事ができない緊張病の患者を)相手に語りかけることと(患者の前でサリヴァンが)独り言をすることを交互におこない、患者がこちらの語りに耳を傾けるようになったら語りかけモードだけにしてみる」という接近をしました。また、サリヴァンが管理していた病棟では、統合失調症の患者さんの看護者には同性の看護者で、できる限り同じメンバーが配置されました。その中には自らが統合失調症を患ったことのある看護者がいましたが、そういう人こそが看護者に適任だとされました。こうした接近法により、9~12歳頃の親友関係(チャムシップ)を統合失調症の患者さんに再体験させるのです。

しかし、なぜサリヴァンの手法が統合失調症の患者さんに治療的にはたらくのでしょうか?

統合失調症の急性期という精神の崩壊の危機にある時には、「他人に自分の体を操られている」「自分が手を動かすと世界が崩壊する」といった病的な体験があり、それは自分と他人の境界、自分と世界の境界があいまいになる混乱の状態です。

一方で、チャムシップの親友関係においては、二人はお互いに好き勝手に独り言を言ったり意見を出して話し合ったりします。二人が話している途中でどちらが言い出したことだったかお互いにわからない話になることがありますが、そういう状態の時こそが最高に親密な関係になっているのです。

そのように考えると、統合失調症の急性期の状態もチャムシップの心の状態も共通して「自他の境界があいまいになっている」と言えるでしょう。ただ、同じく自他の境界があいまいになってるといっても、統合失調症には極限の苦しみがあり、チャムシップには最高の幸せや喜びがあり、そこは正反対なのです。

しかし、人間の心は不思議なもので、心のピンチはチャンスにもなり得ます。心の崩壊の危機は再生のチャンスにもなるのです。人間は、心の危機にある時、過去に同じような事態をどのようにしてくぐり抜けてきたかを自然と思い出すものです。統合失調症の人は、生まれつき人当たりが優しく、10歳頃の前思春期に上手にチャムシップを作れていた人が結構多いのです。ですから、統合失調症の急性期の混乱にあたっては、彼らが健全な形で自他の心が一体化するようにできていた時、つまり彼らの持ち前の共感能力が良い方向に発揮されていた10歳頃のこと、特に親友関係を感覚として思い出してもらうことは、彼らが「育ち直し」をして病から回復するのを助けるのです。(先のサリヴァンの語りかけ方は、前思春期の語りから思春期の語りに変化するように促しているわけです。これは容易にできることではありませんが。)

ここで考えてみると、チャムシップを思い出すこと、親友に語りかけることは、何も統合失調症の人だけに限らず、私たち、子どもから大人まで、社会の中の関係で傷ついた人みんなにとって役立ちます。中年でも老年でも、集団・社会の中で傷ついたときには、親友に本音を話し、ただ聞いてもらうだけでも心が軽くなる経験をしています。また、仕事の仲間関係において、親友関係に似た、息が合ったチームができあがると、とても良い成果が出ることもよくあります。チャムシップは大人にとっても大事な人間関係なのです。私たちが社会の中で生きていくために大事な人間関係がチャムシップなのです。

精神科・心療内科の治療、カウンセリングにおいても、医師やカウンセラーとの話の中で、悩みに対する直接の答えが与えられなくても、ただ話を聞いてもらえただけで楽になる関係を築けているのならば、治療・カウンセリングはうまくいっていると思って良いでしょう。