最近、私たち精神科や心療内科の診察室で、「自分はHSPじゃないですか?」「私はHSPの診断になりますか?」と尋ねられることが増えました。今回はHSPについて、臨床精神科医の立場からお話ししたいと思います。
HSPとは
HSP(Highly Sensitive Person)は「高感受性」のある人、「敏感な人」を意味します。HSP(Highly Sensitive Person)という言葉は、アメリカの心理学者で著者のエリン・ニールセンによって提唱されました。彼女は、1997年に『The Highly Sensitive Person』という本を出版し、高感受性を持つ人々の特性を説明し、HSPの人たちが自分自身を理解し、自分の個性とどう向き合っていけば良いのか、という方法を提供しました。それ以来、HSPの研究はさらに進展し、HSPの人たちが持つ高感受性は、心理学や社会学などの分野で広く認識されるようになりました。HSPの人の特性は、微妙な刺激に対してより敏感で、情報を深く処理する能力を有する性格特性を指します。HSPの人たちは、大きな音や明るい光などの強い感覚刺激により容易に圧倒されることがあり、内省や共感に向いている傾向ある、と言われています。そのHSPの特性は、一般に約15-20%の人が持っている、とされています。ずいぶんたくさんの人がHSPに当てはまる、ということになります。HSPの判定基準として、以下の27項目の「HSP尺度」があります。
(「日本版HSPSーJ19の作成」、高橋亜希より引用)
HSP尺度
- 私は非常に微細なにおいや香りを感じることができます。
- 大きな音や騒音に敏感です。
- 強い痛みや不快な感覚に強く反応します。
- 他人の感情に敏感で、それに影響を受けやすいです。
- 新しい環境になじむのが難しいことがあります。
- 明るい光や強い匂いに敏感です。
- 細かい変化やニュアンスに気づきやすいです。
- 他人の気持ちをくみ取るのが得意です。
- 過去の経験や出来事に強く感動します。
- 深い思索や内省が好きです。
- 周囲の人々のニーズや期待に応えようとすることが多いです。
- 時々、人混みや社交的な場面で疲れやすいです。
- 美術や音楽など、芸術に対する感受性が高いです。
- 不正義や不平等に強く反応します。
- 高いエネルギーをもって物事に取り組むことができます。
- 他人の意見や評価に敏感です。
- 細かい計画やスケジュールに注意を払います。
- 他人の状態や環境の変化に気づきやすいです。
- 静かな環境を好みます。
- 良くないことが起きるのではないかと心配することがあります。
- 新しいアイディアや概念にオープンです。
- 利己的な行動や無神経な態度に敏感です。
- 穏やかで和やかな人間関係を重視します。
- 複雑な問題に集中することが得意です。
- 非常に繊細であり、感傷的な一面があります。
- 他人の期待に応えようとすることがあります。
- 自分の感情に敏感であり、深く感じることができます。
また、HSPの人には、特徴的な4つの性質「DOES(ダズ)」があります。
- D:Depth of Processing/深く(物事を)処理をする
簡単に結論の出るような物事であっても、深くさまざまな思考をめぐらせる - O:Overstimulation/(環境から)過剰に刺激を受けやすい
刺激に対する反応が強く表れやすく、疲れやすい - E:Emotional response and empathy/全体的に感情の反応が強く、共感力が強い
他人との心の境界線が薄く、相手の感情の影響を受けやすい - S:Sensitivity to Subtleties/些細な刺激を察知する
他の人が気づかないような音や光、匂いなど、些細な刺激にすぐ気づく
こう見てくると、私自身にもHSPに当てはまる項目が多く、当院に来られている患者さんの結構多くの方がHSPに当てはまりそうです。
それでは、HSPとは、医学的診断、病気なのでしょうか?
HSPは、医学的な診断ではありません。ましてや、病気や障害でもありません。HSPは、心理学的な研究によって発見され、人格特性として定義されている概念です。つまり、HSP は人の個性についての一つの分類なので、病気でもありません。ですから、HSPは医学的診断ではないのです。もし仮に、あなたが医者や心理カウンセラーからHSPと「診断」や告知をされたとしても、病気や障害と心配する必要はありません。
しかし、HSPと自覚された人が、高感受性がもたらす可能性のある困難やストレスに対処するための方法を知ることができるならば、HSPとの認識は有益となります。
HSPの人は、どのように生活する、社会的に振る舞うのが良いのでしょうか?
HSPの人は、自分自身に適した生活のスタイルを見つけることが重要です。HSPの人が生活する上で役立つ可能性があることの一部ですが、以下に挙げてみます。(エレイン・N. アーロン著、冨田香里訳『ささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ。』(講談社)を参照に改変)
- 自分自身に合った環境を作ること:HSPの人は、混雑した場所や大きな音、強い光などの刺激から身を守るために、自分自身に適した環境を作ることが重要です。たとえば、視覚について過敏な人ならば、周りが見えすぎないようにメガネをかけるとか、休憩時間や眠るときにアイマスクをする、聴覚・音について過敏な人ならば、イヤホンで好きな音楽を聴く、耳栓を付けて雑音をシャットアウトする、嗅覚・臭いに敏感な方ならばマスクで鼻を覆う、お気に入りの香りのアイテムを持ち歩いて時々その香りをかぐ、といった対処が効果的でしょう。
- 休息とリラックスの時間をとること:HSPの人は、情報を処理するためにより多くのエネルギーを使用するため、より頻繁に休息やリラックスをとることが必要です。睡眠時間は必要なだけ取り、自然の中で一人で過ごす、屋内でも趣味活動などでマイペースに過ごす、などが有効でしょう。
- より多くの時間を自分自身のためにに割くこと:HSPの人は、自分自身に向き合うことが重要で、自己発見や自己理解のために、時間を自分自身に割くことが必要です。
- より多くのサポートを受けること:HSPの人は、理解者やサポート者がいることで、気分が安定し、幸福感・安心感を得ることができます。HSPの特性を理解してもらうためには、他人にHSPの特性がどのようなもので、自分自身がどのように感じるかを説明することが重要です。また、HSPがもたらす可能性のある困難やストレスについても説明することが有益です。
HSPは、社会にどう受け止められているのでしょうか?
この問題は、欧米と日本ではちょっと違いがあります。
たとえば、先に挙げました「HSP尺度」の中で、「8.他人の気持ちをくみ取るのが得意です。」や、「12.時々、人混みや社交的な場面で疲れやすいです。」「16.他人の意見や評価に敏感です。」といった項目は、欧米では、個人としての「弱さ」としてみなされる傾向があります。他方、日本では、こうした特性を持つ人が多く、この特性は「良い人」「気遣いできる人」「繊細さん」として肯定的な評価さえも多いもので、逆にこうした特性を全く持っていない人は、「わがまま」「空気読めない」「マイペース」「厚顔無恥」などと責められる傾向さえあります。
そのような社会背景を考えると、HSPの人はアメリカのような「個人」の強さを重んじる社会では生きにくい訳ですが、そのアメリカの心理学者がHSPという概念を作り出し、それに呼応した人々が多くなっていると事態は、これまで潜在的なマイノリティであったHSP特性の人たちが市民権を得るようになったと言えるかもしれません。逆に日本では、HSPの特性は、「繊細で人よりも傷つきやすい。でも繊細であるがゆえに、人よりも物事の良いところに気づき、感動したり共感したりすることができる」優位な特性として受け容れられて、HSPを「特別な才能」だと強く信じる人さえおり、その「自分自身がHSPであることを特別視」することさえあり(「俺はHSPだから普通の人間が気づかないことに気づけるんだ」と自慢げに言うこともあり)、それはナルシシズム(自己愛)と類似しているとも指摘されています(『HSPブームの功罪を問う』飯村周平、岩波ブックレット)。
これまでに述べてきましたように、HSPは病気でも障害でもありませんし、自分自身の活動を制限するラベルでもありません。むしろ長所となる部分もたくさんあります。HSPの特性を持つと自覚される方は、その特性によって得をしてきたこと(HSPであることの強み、長所)と、その特性によって困っていることの双方を振り返ったり書き出したりしてみて、これからの生き方を考えてみると良いと思います。
HSPに限らず、人の持つ性格の特性については、どんな特性であっても、短所でもあり長所でもあるのです。そうした意味で、HSPであると自覚されている人が生きる上で困難を感じているならば、精神科医やカウンセラーと話し合って、自分の特性を強みとして生かしていく方法を模索されることをお勧めします。