発達障害の子どもさんがイジメられることや、大人の発達障害の人がパワハラを受けることは大変多く、嘆かわしいことです。
発達障害にもいろいろあるので一概には言えませんが、中でも自閉症スペクトラム、広汎性発達障害、アスペルガー障害の人は、目の前の相手の気持ちを推し量ることが不得手のため(彼らは特に、集団心理を理解できません)、そこを取りざたされてイジメやパワハラを受けます。
子どもならば、仲間同士の話題から少しズレた応答をするだけで(それは必ずしも全くズレているわけでもなく、面白い視点なのですが)、からかわれたり、「空気読めていない」「訳がわからん」などと非難されます。仲間外れにもされます。
大人の場合ならば、もう少し込み入った言い方で責められます。上司や同僚が、具体的に何が仕事上の問題なのかを言わないで、しかも業務中には注意を与えることもせずに、休憩時間や飲み会の時などに「君は仕事の流れがわかっていない」とか「自分がどれだけわかっていないか、わかっているのか」などと抽象的な言い方をして、発達障害の人を悩ませ、混乱させます。
子どもにしても大人にしても、「空気」「流れ」という抽象的なものを「読めていない」と責め立てられるのです。そんな抽象的な言い方で責められた発達障害の人は、自分のどこに非があったのか、考えあぐねて混乱に陥ります。自分の行いの何かが悪かったために相手に迷惑をかけた、申し訳ない、と自責的になります。それが高じると、うつ病になることもあります。
たしかに、発達障害の人は集団行動が苦手のため、皆で連携して一つの方向性を持って動く時に邪魔者扱いされてしまいがちです。しかし、それは「悪い」ことなのか、と言えば、そうではありません。発達障害の人は悪意を持って集団の和を乱そうとしている訳ではないのです。
もし、健常者が発達障害の人に調和のとれた集団行動を行わせたいのならば、発達障害の人にとってわかりやすい、具体的な行動の指示を明確な言葉で与えれば良いのです。「〇〇さんが左に2メートル動いたら前に出て右手を挙げて合図し、次は左50メートル先のシグナルを見て・・・」などと細かい指示をすれば良いのです。そんな指示を与えれば、発達障害の生真面目な人は忠実に動くはずです。もし指示内容に誤解があれば、発達障害の人と話し合い、それまでの指示の仕方、指示の言葉に曖昧な言い方がなかったかを考え直せば、必ずうまく行きます。そういう行為は確かに手間がかかることですが、ひとたび意思が通じれば、正確に遂行してもらえますので、指示する側にとってもやり甲斐が感じられるはずです。
ここで、発達障害の人の側から考えると、「空気を読めない」と責められた時には、具体的に何が問題であったのか教えて欲しい、と堂々と尋ねれば良いと思うのです。こんな風に言うと、「そんな開き直りは現実にはなかなかできない」と思う人も多いと思います。集団の「空気」は読むべきもの、との日本人的な「常識」にとらわれている人はまだまだ多いのです。ただここで、「空気」「常識」というものにつき、深く考えていただきたいと思うのです。その点について考えた山本七平は、著書『「空気」の研究』『「常識」の研究』の中で、太平洋戦争に向かって行く時の日本の軍部の判断は誰が決めたわけでもなく、その時の首脳陣全体の「空気」が決定したと分析しています。当時、各々の判断としては開戦回避の意見もあったのですが、それを表明できずに集団の「空気」に流されていったのです。皆が「空気を読む」ことをし過ぎたために集団全体が誤った方向に進んだわけです。
現代の日本でもそのような事情は変わりません。この1年でも、数々の一流大企業が不良製品隠し、リコール隠しなどをしてきました。個々の現場にいる人は悪いことだとわかっていながらも「空気」に逆らえず、結果として日本製品に対する信頼を損ない、日本全体の信用問題を引き起こすことになってしまったのです。
こういう日本の事情を考えれば、安易に「空気」を読まず、自分の頭で考えたことを主張できる人は貴重なのです。発達障害の人が自分の頭で独自に考えるという特性は、この社会の中で特異な能力を発揮する可能性が十分あるのです。
もう一つ、「空気を読む」ことの問題点を指摘しておきたいと思います。発達障害の人にとっては、「空気を読め」と偉そうに言う連中の横暴さについて知っておくことも大事です。中井久夫の「いじめの政治学」にもありますが、「空気を読め」と言う連中は概して「いじめっ子」なのです。彼らは、直接に力を誇示せずに暗に力をチラつかせます。イジメているという呵責感を持たずして相手を支配する術に優れているのです。そんな彼らに対抗するには、逆手を取って「空気を読まない」ことが必要です。「曖昧で明確な指示をしない方がおかしい」と返すくらいで丁度いいのです。
発達障害の人がこの世間を渡っていくためには、他にもいろいろな心構えや世渡り術が必要ですが、まずは支配欲の強い悪意の人間からイジメ・パワハラ被害を受けないために、この小文を捧げたいと思います。