発達障害につき、たくさんの本が出されています。発達障害の人を診療する医者、ケアする臨床心理士や教員などの援助職側から書かれた良書として、この本を一押しにしています。この本には、日本の良識ある精神科医の、きめ細やかな感性と良識が表現されていると思います。以前に書いた書評ですが、ここに挙げておきたいと思います。
『ぼくらの中の発達障害』 青木省三 著
1.書名が絶妙である
『ぼくらの中の発達障害』という、短いが大変含みのある書名がつけられている。ここには二つの意味が含まれている。一つは、発達障害として診断される人たちと、一応正常とされる「ぼくら」に実は共通性・連続性があるという意味だ(誰もがいくぶんか発達障害的なところを持つし、正常とされる「ぼくら」でも状況次第で発達障害の人のような行動を取ったり思考をする可能性が十分にあるということ)。つまり、「ぼくら(皆それぞれ)の中にある発達障害(的な部分)」との意味合いである。
もう一つの意味として、著者は、現代のこの日本は発達障害の人たちが生きにくい世の中になってきていると指摘しているが、そういう社会は結局、健常者も含めた皆が生きにくい社会になると指摘している。これは私も同感だ。そういう点で「ぼくらの(社会の)中の発達障害(の人たちに温かく接していこう)」との意味合いも題名に含まれている。
2.読み手を明確に意識した、焦点がはっきりしている、章の構成と文章表現
「はじめに」の序章で、「どの章から読むか?」との親切な案内がある。「今(発達障害で)困っている人」は第6章から、「身近な誰かに『何かしてあげられないか』と考えている周囲の人」は第7章から読んで、と指示されている。特に、第6章は出色である。発達障害の当事者が読みやすいように、との配慮から、この章だけはゴシック体で書かれ、「主語述語が明確な文章、簡潔で短い文章」で、「多義的な単語や文章、曖昧な表現は避け」、「誰もが読みやすい文章」となっている。当事者の人がこの章を読んでためになるのは間違いないが、専門家もこの章をよく読んだ方が良い。優れた臨床家の現場での卓越した言葉使い・表現を学べる。臨床技術の向上に役立つ。発達途上精神科医の私は、ここからたくさんの教示を得た。
3.発達障害でなくとも、心の悩みやストレス下にある人ならば、多くの人に回復へのヒントが与えられる
著者は、自分がイギリス留学中に精神的に不安定になり一時的に被害妄想的になった経験を事細かに書いている。当時は「広汎性発達障害的になっていた」という。そのような事例をいくつも挙げ、こういう心理状態に陥ったときはこうすると良い、とのノウハウを書いている。「人の言っていることがわからなくなったら」「学校のことで悩んでいる人に」「仕事で迷っている人に」などなど、具体的で事細かで親切なアドバイスだ。記述は一見単純に見えるが、実は汎用性の高い、知恵のある対処法であることは、読めばわかる。
4.発達障害を持つ人の長所がたくさん書かれている、彼らの行動様式を一つの「文化」として尊重している
発達障害の場合、「障害」とは言っても、その「障害」はハンディキャップになるものばかりではなく、逆に「ユニークな個性」として、プラスの面にもなるという例が多々挙げられている。一例として、大人になっても人見知りもせずに路線バスのお客さん一人一人に挨拶をして回る彼らを「自閉」症と表現するのは逆転した表現ではないか、バスの中で彼らが自閉せずに「開放的に」振る舞うことにより、狭い空間の中で挨拶もせずに静かに過ごす一般乗客たちの閉鎖性を切り開いているのだ、との実例が挙げられている。「人に対して内面を隠すという『自閉』は定型発達と呼ばれる人の中にあるものであり、逆に広汎性発達障害で『自閉』を持つと言われる人の中にこそ、内面を隠さず人と繋がり情報を伝達する可能性がある」という、一見逆説的な著者の指摘に、奥深い人間観・社会観を感じる。
5.発達障害者を本当に大切にしながらも彼らに肩入れしすぎず、バランスのとれた説明がなされている
著者は、発達障害者は「異文化」を持っていると言うが、それは決して定型発達者の「文化」と比べて劣るものではなく、対等なものだとし、二つの文化に優劣をつけないヒューマニズムの姿勢が一貫している。と同時に、「異文化」の彼らを愛するがあまり異文化に同化・没入した視点や語りばかりにはならず、主流文化にとっては異文化がどう見えるのか、という視点(例えば医学的な診断基準の記述、世間でいう「KY」という言葉など)も併記する。そういう複眼的な対象描出がなされている。人類学者の青木保氏の言葉、「異郷の神を畏れる心をもって」が引用されているが、異文化間の橋渡し役としての文化人類学者と同じく、声にならない障害者の声を翻訳する精神科医としての役割が十全に果たされている。
対象愛、仕事へのパッションと実践的な知恵と工夫にあふれながら、当事者も援助者も勇気づけてくれる、このような良書を読むと、私たち専門職も触発される。今後の仕事に生かしていきたい。